アイツは、






























「あっつー…」




夏休み、太陽が厳しく降り注ぐ部活中。
爽やかに汗を流す陸上部、バスケと違って、あたしたち剣道部は大変。
防具は重いし、暑いし。
確か先輩にハゲた人も居た気がする。


それでも、まあ、好きだけど。剣道。


銀の蛇口をひねると、上向きにしていた口から勢いよく水が出た。
あたしは咄嗟に後ろに下がったけど、顔、胸、足と、ほとんどが濡れてしまった。
蛇口をひねって水を減らしながらタオルを探す。


と。




「あ、れ。じゃん」


「あ。」









ひ ろ や ま だ 。




確か、フザけた理由で陸部に入ったくせに、いつもエースの名を背負っている。
そんな男だ。…一般的には。


あたしは知っている。
夏休み前のある日、放課後の教室で愉快な仲間たち(外間とか我如古周辺)といわゆるビデオを見てひとつひとつを念入りに解説してた。




「何、お前どーした?」


「いや、ぼっとしてた。」




廣山が差し出すタオルを受け取ろうと手を伸ばす。
と廣山がスッと手を引っ込めた。




「じゃ、さ」


廣山の口元が歪み、奇妙な笑いの形を作った。
あたしは怪しさを感じ取って一歩、足を引いた。




「…な、何?」






「俺が拭いてやろうか?」




よ、予感的中。人の勘とは恐ろしいものである。




「ばっ…何言ってんの廣山」


「冗談だって。」




冗談に聞こえねーよ…
心の中でそう吐きながらも、自分の口までもが笑いをかたどっていることに気付く(うつったか?)。


廣山から少し強引にタオルを奪って顔に当てた。
保冷剤でも入れていたのか、心地よい冷たさが肌を覆う。
ほ、と小さく息を吐いてタオルを離すと、廣山に手渡す。


…と、手を振って制された。




「いいよ。」


「でも。」


「な、。俺、今から弘樹と100走ってくるから、ちゃんと見てろよ。」


「はい…?」




キョトンとするあたしの方に歩み寄って、耳に顔を近づける廣山。
心なしか心拍数も上がってきた。




「もし、俺が勝ったら付き合って。」


そのまま耳元で囁く廣山。


「は…?」


「俺、の事、好きだわ。」


「な…」


「まあ、弘樹よりゃ俺の方が速いけどな。ちゃんと見てろよ、。」


「ひろや ま…!」




チュっと音を立てて耳にキスをされた。




…つーか何!聞いてませんけど!


ニコッと珍しく爽やかな笑顔でタオルをあたしの頭にかけ、そのままグランドに走っていった。
その先で他の先輩と談笑している愉快な仲間…外間に後ろから突っ込み、何かを話しているようだ。
きっと数十秒後にはあの2人がスタートラインに立つ。
そしてすぐに勝敗が付く。


もし廣山が負けたら、すぐに部室に戻ろう。




そして、もし廣山が勝ったら―…








言ってやろう。あたしはどうしようもなく変態で怪しい廣山が大好きです。
あいつがやったように、耳元に顔を寄せて。







しばらくすると、100メートル先で笑顔で手を振る廣山が見えた。
あたしは、廣山の元に駆けていく。


あたしたちの、夏。












-END-









えと…お待たせした上にこんなんですみません。
うめつんへ…相互記念。
これでよければおもちかえりどーぞ。