まっかなあなたと夕陽
ちらり、ちらりと、夕陽が揺れる。
涙で潤んだ頬と充血した目を隠すためにおろした前髪の一本一本の間を、真っ赤な太陽がちらちらと揺れ動く。
砂浜から続く階段の途中に座って、遠く沈む太陽に目を細める。
「ばーか、」
誰に放つ言葉か。
言葉を発そうとしても喉に引っかかる。
鼻がつんとする。瞳の奥からじわじわと涙が浮かび上がる。
いつだったっけ。
確か、涼が。それにみんなが。
東京に発ってしまった、あの日。
今日と同じように、この階段の、そう、下から4段目。
ここに座って、涙を流した。
あの時は朝だった。もう上りきってしまった太陽はそこに無くて、只一面に青い沖縄の空が、中途半端な前髪の間から見え隠れしていた。
あの時はまだ、あたしの前髪も短くて、視界の半分しか隠せなかった。
今、あたしのところにオレンジ色の光を届ける夕陽と空は、長く伸びた前髪で水平線の近くまで見えない。
髪が伸びた。
あれから時間がたった、ということを認めざるを得ない、決定的な証拠。
いやだと思っても、時計の針は正確に時を刻み続ける。
特になにがあったわけではないけど。
引き出しにしまってある涼とみんなと一緒に撮った写真を見てしまった。
涼の優しい笑顔、あたしとつながれた涼の手を見て、涙がこぼれた。
この間テレビに出たとき、してたな。あたしとおそろいのネックレス・・・
「探し物はこれですか?」
ふと、目の前にあのネックレス。
そう、これ。シンプルなデザインの指輪が通っている長めの・・・
でも、ちがう。あたしが本当に探してたのは―
「涼!」
「っと」
いきなり目の前に出てきた涼に、精一杯抱きついた。
まだ青いあたしは“会いたかった”なんて台詞も言えず、ただ涼にしがみついて泣いた。
「ん、泣いてんの?」
涼は幾つかキスをあたしの唇に落として、あたしの前髪を上げながら言った。
いままでちらついてた夕陽と空と、それから涼がはっきりと視界に飛び込む。
眩しい。
「泣いてんの。」
「そっか。ゴメンな」
涼はあたしの一言で悟ったような顔をして、あたしの前髪をあげたままもう一度キスをした。
「なぁ、パーティすんだけど。来ねぇ?」
「行くよ。」
涼が目線で指した先には、洋兄と弘樹とやーまと直人とかっちゃん。
それぞれ手を千切れそうなほど振っている。
「そこの道全力で飛ばしてたんだけど、途中で見覚えのある背中が見えて。」
「飛ばしてた、って・・・?」
「涼、ちゃんに会いたいってうるさくてさー」
「ちょ、やーま先輩!」
「仕方ないから空港からそのまんまちゃん家に直行するつもりだったの。」
「直先輩・・・!」
助手席のやーまと運転席の直人の言葉に慌てふためく涼が可笑しくて、つい笑みがこぼれる。
「向こうにいる間もずーっと。」
「に会わせろ、ってな。」
「しつこかったよねー。」
後ろからも、弘樹、洋兄、かっちゃん。
涼は顔を赤くして伏目がちにあたしを見る。
「・・・ま、その話は家帰ってから詳しくするから、今は。」
「ちゃんと聞かせてね?」
ピンで前髪を留めているあたしの目には、明るく笑い合ってくれる友達と、
少しだけ照れて、でもあたしの手を握って離さない涼と、
ガラス越しに見える真っ赤な太陽が、鮮明に映った。